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思い出のプラモ~初めて作ったプラモデル~

どうも最近作例に掛かりっきりで、サンダーボルトは士の字状態で停滞、ブガッティもエンジンを組んだところでストップし、どうにもブログのネタがありません。

そんなとき某SNSで「初めて作ったプラモ」なんていうのが話題になってましたので、今回はそれをネタにします(笑)


で・・・自分が初めて作ったのは何だろう?と考えたのですが、はっきりとは思いだせません。

ただ覚えているのは自分で作ったのではなく、よく父親や親戚の叔父さんに買ってもらい作ってもらっていたというのはよく覚えています。

今でも思い出に残っているのは父親に作ってもらった鉄人28号!と叔父さんに作ってもらったビックリ分解自動車。多分自分が4~5歳の頃だったと思いますので今から50年近く前です

鉄人は正太郎のフィギュアの腕がスイッチになっていて、腕を上げると鉄人が歩くというものでしたのでリモコン版だと思います。
ネットから拾った画像がこれです
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電池は鉄人の足元に入っていたのでとてつもなく足がデカかったですが、手を振りながら歩く姿に「カッコいい~」と子供心に思ったものです
ちゃんと色を塗ればこんな感じですね。
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当時住んでいた借家の居間の畳の上を目を光らせながら(確か光ったと思う)歩いたのを今でも懐かしく覚えています。

実は何年か前に復刻版が再販されたときに買おうかと思ったんですが、リモコン版じゃなかったし価格も結構高価だったので諦めました。


お次はビックリ分解自動車ですが、これは父親の一番下の弟に当たる叔父で、当時大学生だったその叔父が買って作ってくれたのを覚えています。
因みに父親は7人兄弟の長男でした。

これは数年前に再販されたのをストックしてます。
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このプラモは楽しくて、物にぶつかるとバラバラに分解するというもので、当時フォードなのかオペルなのか、どちらを買ってもらったのか定かではないでのですが、小学生になった頃まだ売っていて一度自分で買って作ったことがあります。

その時はタイヤと一体になったホイールを金属シャフトに打ち込むんですが、打ち込み過ぎてプラのホイールが割れたのを覚えています。
悲しかったですねぇ(笑)

このキットはちゃんと塗装すると結構見栄えが良く、飾っても良し、走らせても良しということでいつか作ろうと積んでいます


さて、その他のプラモの思い出と言えば、親に散々小言を言われたことですねぇ。

ま、モデラーの皆さんは皆そうだと思いますが、だいたいこう言われるんです。

「またプラモデルばかり作って!少しは勉強しなさい!」

とか

「いつになったら勉強するの!プラモデルばかり作って!」
とかですね(笑)

塗装するようになってからは自分の部屋で作っていたので、あまりシンナー臭いとかは言われなかったですが、たまに部屋に入ってくると「臭いから窓を開けなさい!」なんて言われたものです。

色々と文句や小言を言われていましたが、中3のとき当時プラプレーンコンテストに出品しようとハセガワ1/32の零戦五二型を一生懸命作っていて、結局受付期日までに完成せず間に合わなかったとき、母が「残念だったね」と言ってくれたのは嬉しかったです。
本当は高校受験の勉強をしなきゃいかんのに(笑)

結局プラプレーンコンテストには翌年高校生・一般部門で出して「入選」したんですけど、前年に間に合っていれば小・中学生部門で出せただけに、もしかしたらもっと上の賞になったんじゃないかと、その点は悔しかったです。

まぁ、親には散々小言を言われましたが、他の方のように模型を捨てられたり壊されたりしたことはなかったです。

今では何の因果か模型誌のライターなんてやって、少ないながらも副収入を得るということに、母親は
子供のころは散々文句言ったけど、まさかこんなになるとはねぇ…プラモデル辞めなくてよかったねぇ…なんて言ってます(笑)

ではまた!

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